PTA役員をやるべきか迷っている方へ

PTAの体験をCDの歌詞風に紹介します。

PTAは地獄だぜ
鉄の掟にがんじがらめになるPTA

アルバムタイトル「PTAは地獄だぜ」

WHAT’S PTA?   (ヒップホップ調)

WHAT’S PTA?  WHAT’S PTA?
誰も知らない
PTA室 謎のゾーン
いつも電気がついてるぜ
エブリデイ PTA!
全てマニュアル通りにやるぜ
がんじがらめにやらないと
文句が出るのさ オーイエー
鉄の鎧 掟が鎧 PTA! YO! YO!

NO MORE ベルマーク(J-POP調)

クーラーつけたら 吹き飛ぶベルマーク
くしゃみは禁物
1枚0.5点 10枚集めてやっと5点
きりがないの ため息ひとつ
神経すり減るベルマーク
もう限界なの NO MOREベル
けれどわかってる
ちりも積もれば山となるって
NO MORE ベル
他のバイトがしたい

夏祭りに気をつけろ(真夏のキラーチューン調)
ヘイユー!50円持ってるかい
やみつきになるぜ よい子は気をつけな
水鉄砲ほしさに またカムバック
夏の終わりのお祭りさわぎ
だけど決して儲かりはしない
のどをからして集客しても
WORKIN' LIKE A DOG
それがPTAだから それがPTAだから

ネクスト本部、あなたはどこに(マイナーサンバ調)
あなたはどこに 不毛なこの世
来年の本部役員を探し求める
道なき道をいく 終わりなき旅
電話攻撃 情報戦 囲い込み
七人の救世主への羅針盤
神はいるのか


PTA総会(交響曲調)
PTA総会 それは始まり そして終わり
旧本部は去り 新本部は席につく
会計報告 数字の羅列
1号議案に2号議案 すべて承認さ
異を唱えるものなどここにはいない
ザッツPTA  すべてここから始まる


PTA は地獄だぜ(70年代ロック調)
ウェルカム・トゥ・ザPTA
だまされたのかい
まあいいさ 覚悟しな
スイッチを押せ 印刷機
あっという間に500枚
誤字脱字 見つけても
知らん顔しろ それが地獄のルール
PTAで生き残りたきゃ タフになるのさ
PYAは地獄だぜ PTA is HELL

PTAって結局何だったのか、説明するのは難しいです。当時、「PTAってどういうものか」を友達に向けて書いたものを紹介しました。雰囲気が伝われば幸いです(誰が興味あるんだ)。

謎すぎるPTA

PTA本部役員って一体何をしている集まりなんだろう、と疑問に思う方もいらっしゃるでしょう。

「〇〇さん、本部の人から『来年本部しませんか?』って電話かかってきたらしいわ。」

「こわー。本部の人って毎日弁当持ちで学校行ってるらしいで。」

「ほぼOLやなあ。『仕事探してるので無理です』って断ったらしい。」

そんなふうに、ママ友の間でコソコソと囁かれる存在。謎のベールに包まれた人たちの集まり。しかし、そんな会話を耳に挟んでも、まさか小学校の役員ごときでそんなことはないだろう、と思っていました。

本部役員をやると、普通のPTA(クラスで何人か毎年選出する役員)を何年か免除されるという特典があるそう。子供が何人いようが、何年かはそれで逃げ切れるそうなのです。

「本部やらへん?そんなに大変じゃないで。」というお誘いに、「1年で済むなら、もしかしてお得かも」と、気楽にのってしまったあの日。もう10年も前の話です。もう10年も前の事だし、今は本部がどうなっているのか分かりません。(と俯く匿名ミチコさん、40代。音声は変えてます。)

ひとことで言うと、あの判断は失敗でした。普通のPTAを2回やる方がはるかに楽でした。いやもうフルマラソンと町内会の運動会の違いくらいに。完全に見誤りました。

PTA、何が大変?苦行の数々

何が大変だったかのか?その理由のひとつは、「これ必要?」というルールとかマニュアルとかが多過ぎることです。それを象徴するのが、溜まりに溜まった(誰も捨てられない)PTAのファイル。積もり積もって石化してしまい、削り取るのが不可能になるかのような。もしかしたら、最初は親切のつもりで作ったマニュアルかもしれません。でも月日を経るごとに「そうしなければならない」という無言の重圧となるのです。

例えば、誰も来たがらない講習会を開催。人数集めが大変。

保護者に配る資料やお便り。(誰がそこに気づくねんという脱字を埋めるために、500枚分手書きしたこともあったっけ。)

次年度の役員決めの、各クラスの状況(クラスの人数マイナスPTA経験者)に応じたくじ引き作り(全クラス分)。

他にもいろいろありました。いちいち「それって本当に必要か!?」と反応すると疲れるので、苦行だと思って大人しく従いましたが。

でも、私にとって一番の苦行は次年度の本部役員を見つけることでした。昔保険のセールスレディーをしたことがありますが、その時のことを思い出しました。この地球の一体どこに、保険の新規顧客がいるのか。この学校の一体どこに、本部役員をやってくれる人がいるのか。まさに瀕死の状態で水を求めて荒野を彷徨う旅人。決まったときは安堵のあまり倒れそうでした。

あれから10年後に思うこと

子育てもほぼ終わり、今にして思うこと。心が折れそうなこともありましたが、振り返ってみれば、それほど悪い思い出でもないのです。喉元過ぎれば熱さを忘れる、それどころか甘酸っぱくてキュンとする思い出になりつつあります。役員で一緒に飲みに行ってみんなの酒豪ぶりに驚いたことや、夏祭りで頑張ったわりにはほとんどお金にならなくて大笑いしたこと、餅つき大会で役員友達の丸めたお餅が和菓子職人の作品のようにきれいだったこと。意外と私の人生の最高の時だったりして…。

時間が経つと記憶というものは浄化されるのかもしれません。「じゃあもう一度やる?」と聞かれたら一目散に逃げますが。皆さんの中でPTA役員をするか迷っている方がいらっしゃるなら、10年後の心境を想像してやってみるのもアリかも?

吾唯ギターを爆音で弾く